
戦略人事:経営戦略実現の鍵を握る人事の役割と実践
企業が持続的な成長を遂げるためには、経営戦略と人事戦略の整合性が不可欠です。戦略人事は、単なる人事管理にとどまらず、経営目標達成に貢献するための人事の役割を指します。本記事では、戦略人事の概念を深掘りし、その重要性、具体的な取り組み、そして成功事例を通じて、いかに人事部門が企業の成長エンジンとなり得るのかを解説します。経営戦略の実現を加速させるための、人事の新たな可能性を探求しましょう。
戦略人事の概要と定義
戦略人事とは、企業における人的資源、すなわち「ヒト」の価値を最大限に引き出し、企業の経営戦略を着実に実現するための人事の取り組み全般を指します。単なる人事管理にとどまらず、経営戦略と連動した人事戦略を策定・実行し、企業の業績向上に直接貢献することを目指します。
学術的な分野では、「戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management)」と呼ばれ、SHRMという略称も用いられます。戦略的人的資源管理論は、1980年代から発展してきた経営学の研究領域であり、様々な議論がなされてきました。1996年には、デイビッド・ウルリッチ氏が著書「Human Resource Champions」(邦訳版「MBAの人材戦略」)の中で、「戦略パートナー」「変革エージェント」「管理のエキスパート」「従業員チャンピオン」という4つの役割を人事担当者が担うべきであると提唱しました。
出典: 2023.04 須田敏子『エッセイ【企業経営と人事】ウルリッチ『MBAの人材戦略』』, URL: https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2023/04/pdf/090-093.pdf
この研究がきっかけとなり、「人事部門はより戦略的であるべきだ、ビジネスのパートナーとなるべきだ」という考え方が広まり、「戦略的人的資源管理論」という分野名も影響して、「戦略人事」という言葉が生まれ、定着したと考えられています。2000年代から2010年代にかけては、ウルリッチ氏が提唱した4つの役割が影響を与え、HRBP(Human Resource Business Partner)を中心とした人事部門のモデルが外資系企業で普及しました。グローバル化を目指す日本企業がHRBPに着目し始めたことで、戦略人事という言葉はさらに広く用いられるようになりました。
ただし、戦略人事という言葉は「戦略的人的資源管理論」を語源とするものの、人事部門の役割論をきっかけに生まれた言葉であり、その定義は必ずしも明確ではありません。「戦略的人的資源管理論」の研究においては「戦略人事」という言葉はあまり用いられず、現在では「経営戦略を実現するための人事管理や人事の役割」というメッセージと、ウルリッチ氏の役割モデルやHRBPモデルに代表される「人事部門の役割」に焦点が当てられています。
そのため、戦略人事とは、具体的な方法論が明確に定義されているものではなく、「経営戦略を実現するための人事管理や人事の役割」を示すスローガンとして捉えることができます。本記事における人事管理とは、等級制度、評価制度、報酬制度などの人事制度、および人員配置、人材育成、キャリア自律支援策など、企業で実施される様々な人的資源管理の手法群を意味します。
出典: 2023.03 経済産業省『人的資本経営に関する調査 集計結果,URL: https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/survey_summary.pdf
戦略人事が注目される背景と必要性
戦略人事が現代において注目され、その必要性が高まっている背景には、グローバル化の進展、技術革新、働き方の多様化、少子高齢化といった複合的な要因がもたらす事業環境の大きな変化があります。変化の少ない時代には、経営戦略は経営者自身や経営戦略部門が中心となって立案し、人事部門が深く関与することは稀でした。
しかし、現代のように市場の状況や競争環境が急速に変化する時代においては、企業が競争優位性を維持し、継続的に成長するためには、変化に対応できる高度なスキル、知識、経験を持つ人材を迅速に獲得し、育成し、適切な場所に配置することが不可欠です。
企業が新しい事業を立ち上げたり、既存事業の変革を進めたりする際には、どのような人材がどれだけ必要で、その人材をどのように確保し、能力を最大限に引き出すかという問いが、経営戦略の中核を占めるようになっています。
したがって、人材管理を経営の根幹に据え、優れた経営戦略と人事戦略を一体として推進していくことが、今後の企業経営において非常に重要であると考えられています。
また、また、2023年3月期決算以降の有価証券報告書において、上場企業等を対象に人的資本に関する情報開示が義務付けられたことも、戦略人事への注目度を高める要因となっています。
投資家は企業の非財務情報、特に人的資本への投資とその効果を重視するようになり、人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、その価値を最大化する「人的資本経営」が強く求められるようになりました。このような外部からの期待と内部からの必要性の両面から、戦略人事の実践は企業にとって最優先の経営課題となっています。
出典: 2022.05.13 株式会社パーソル総合研究所『企業の人事部に関する調査結果』,URL: https://rc.persol-group.co.jp/news/202205131000/
「戦略人事」と「人事戦略」の違い
戦略人事と人事戦略は類似した言葉として用いられることがありますが、その焦点と目的には明確な違いが存在します。人事戦略は、一般的に「人事に関する業務をどのように改革・改善するか」という視点から策定される戦略を指します。
たとえば、深刻な人材不足を解消するために採用チャネルや手法を変更したり、社内の活性化を目的として昇進制度を見直したり、業務効率化のために一部の人事業務を外部に委託したりする施策などが該当します。これらは主に、「インフラ人事」や「日常業務の人事」といった人事部門のオペレーション改善や効率化を目的とした戦略であり、人事機能の最適化に重点を置いています。
一方、戦略人事の最大の特徴は、企業の経営戦略や競争優位性の構築に深く関与している点です。戦略人事は、経営資源である「ヒト」の価値を最大限に引き出すことによって、経営戦略の実現を直接的に支援し、企業の業績向上に貢献することを最終的な目標とします。これは、単に人事部門内の課題解決にとどまらず、企業全体のミッションやビジョンを達成するために、どのような人材がいつまでに、どれだけ必要で、どのように育成・配置すべきかといった、より上位の視点から人的資源のマネジメントを計画し、実行する仕組みや考え方全体を指します。
つまり、人事戦略が人事部門の効率性や効果性を高めることに焦点を当てるのに対し、戦略人事は人事部門の活動が経営戦略全体にどのように貢献し、企業の競争力をどのように強化するかという、より広範な視点と責任を持つ点で大きく異なります。
日本企業における戦略人事の実践課題
戦略人事の概念が日本に導入されてから20年以上が経過しましたが、多くの日本企業がその実践において依然として課題を抱えています。「日本の人事部」が2022年に実施した調査によると、日本企業の人事部の約9割が戦略人事の重要性を認識している一方で、約7割の企業が自社は戦略人事として十分に機能していないと感じているという結果が出ています。この傾向は2017年の調査からほとんど変化しておらず、日本企業が戦略人事に対して依然として苦手意識を持っている現状が明らかになっています。戦略人事を実践できない理由として最も多く挙げられているのは「人事部門のリソース不足」です。
多くの企業では、人事部が日常のオペレーション業務に必要な最低限の人員しか配置されていないケースが少なくありません。
しかし、戦略人事を実践するためには、人事制度の根本的な見直しや再設計、現場部門への丁寧なヒアリング、経営陣との戦略的な交渉など、通常の人事オペレーションとは異なる多岐にわたる業務が発生します。
そのため、既存の人事部体制に新たに戦略人事の役割を課したとしても、リソース不足によってその実践は困難になる傾向があります。しかし、筆者は人事部門のリソース問題以上に、より根本的な課題が存在すると考えています。それは、戦略人事という言葉が具体的な方法論を含まない「標語」であるため、各企業において「戦略人事が実践できている状態」や「実施すべき具体的な内容」についての共通認識が確立されていない点です。
この曖昧さが、企業が何を目標とし、どのようなステップで取り組むべきかを見失わせる大きな要因となっています。このような課題に対して、これまでの各企業との議論やコンサルティングサービスの経験、そして「戦略的人的資源管理論」における議論を踏まえ、戦略人事の実践において特に重要となる3つのポイントを解説します。
Point 1. 人事管理における成果目標を明確化する
戦略人事を成功させるための最初のポイントは、会社の人事管理がどのような成果を追求するのかを明確に定義することです。人事管理上の成果は、経営戦略と人事管理を結びつけるだけでなく、人事管理の活動が最終的に経営全体の成果にどのように貢献するのかを示す、非常に重要な要素となります。
しかし、多くの企業が「自社の人事管理の成果を何に設定すべきか」という点で課題を抱えています。人事管理の成果は多岐にわたりますが、ここでは特に重要と考える3つの成果指標と、それらを達成するための具体的な施策例を詳細に説明します。
成果指標1. 戦略実行に必要な人員の確保と活動の促進
最も重要な成果指標の一つは、経営戦略や各部門戦略を実行するために必要な従業員を、量的に充足させるだけでなく、期待される活動を実際に促進することです。
これには、経営戦略の達成に不可欠な業務、役割、能力、行動などを明確に定義し、採用、育成、配置といった人事管理を通じて、これらの定義に合致する従業員を確保することが含まれます。「戦略遂行に必要な従業員の定義方法」には、大きく分けて2つのアプローチが考えられます。一つは「各部署や役職に必要な業務内容と能力」を具体的に定義する方法です。
これは、職務定義、職種・等級別の役割定義、ジョブディスクリプションなどに記載される内容であり、多くの外資系企業で導入されています。もう一つは「全社共通で求められる役割行動」を定義する方法です。
これは、企業独自の価値観や行動規範(例:〇〇way)などで表現されることが多く、各役職の役割が曖昧なケースが多い日本企業でよく見られます。近年、ジョブ型雇用に関する議論が活発化し、ジョブディスクリプションのような業務内容と能力の明確な定義が重視される傾向にありますが、どちらのアプローチも戦略達成には不可欠な考え方です。戦略的人的資源管理論においても、経営戦略と成果を結びつける要素として従業員の役割行動が重要視されており、特定のタスク遂行に必要な能力だけでなく、全社共通の役割の重要性が指摘されています。どちらの定義方法を採用するにせよ、それが実際に機能しているかを確認し、継続的に改善していくことが重要です。
具体的な施策例:採用・育成・配置
この成果指標を達成するためには、以下のような具体的な施策が効果的です。
まず、採用においては、企業が求める人材からの応募を待つだけでなく、企業側から積極的にアプローチする「ダイレクトリクルーティング」が挙げられます。
これは、単なる採用手法の一つではなく、事業戦略達成のために最適な人材をターゲットとして探し出し、獲得するという明確な目的を持って実施される場合に、戦略人事としての価値を発揮します。次に、育成・配置においては、企業戦略を実現するために個々人がどのようなスキルを習得すべきかという「理想像」を明確に描き出し、その不足を補う体系的な人材育成プログラムを構築することが不可欠です。一時的な研修に留まらず、企業内大学を設立したり、大学院などの高等教育機関で学び直す機会(リカレント教育)を提供したりするなど、個々人が自身の能力を継続的に向上できるよう会社が積極的に支援していく施策は、重要な戦略人事の一つです。
さらに、戦略は固定的なものではなく、環境の変化に応じて柔軟に変更されるべきであり、それに合わせて組織も柔軟に組み替える必要があります。そのための手段として注目されているのが「タレントマネジメント」です。社員一人ひとりのスキル、経験、志向性といった「タレント」情報を一元的に把握・管理し、それらを適切に組み合わせて人材配置を最適化することで、個々のパフォーマンスを最大化し、柔軟な組織を構築して経営戦略を支えます。
また、タレントマネジメントは、管理職とリーダー職が異なるという認識のもと、次世代のリーダー人材を発掘し、戦略的に育成していく上でも非常に有効な手段となります。
成果指標2. 従業員エンゲージメントの向上
戦略人事における重要な成果指標として、従業員のエンゲージメント、つまり組織への愛着や貢献意欲を高めることが挙げられます。
エンゲージメントは、組織へのコミットメント、仕事への情熱、連帯感、自主性といった要素から構成されます。企業が重視するエンゲージメントの要素を明確にし、それを向上させることは、従業員の生産性向上、革新的なアイデアの創出、組織の成長加速につながり、最終的には企業の業績向上に貢献します。人的資本の情報開示が求められるようになった近年、多くの企業がエンゲージメントサーベイを定期的に実施し、その結果を人事戦略の成果として統合報告書に掲載することで、企業価値を測る重要な指標として認識しています。戦略的人的資源管理においても、組織や職務へのコミットメントを高める人事管理の重要性が議論されています。
エンゲージメントのような定性的な指標を経営戦略や人事の成果として掲げることに抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、多くの企業で主要な人事成果として重視されている現状を踏まえれば、従業員エンゲージメントの向上は戦略人事における主要な成果として十分に位置づけられます。
具体的な施策例:評価・報酬制度の見直し
エンゲージメント向上には、評価制度や報酬制度の見直しが有効です。近年注目されているのが「OKR(Objectives and Key Results)」です。OKRは、組織目標の達成に向けた具体的な行動を促す評価軸として機能します。グローバル企業での導入事例が広まり、従来の成果主義的な管理方法を見直す手段として注目されています。
OKRは、従業員が自身の目標と組織目標との関連性を理解し、自律的に高い目標に挑戦する意欲を高めることで、組織全体のエンゲージメントとパフォーマンス向上に貢献します。また、経験豊富な人材の知識やスキルを活用するため、「定年延長」も有効な施策です。高いスキルを持つベテラン人材に長期的に活躍してもらうことは、企業の知識継承や安定的な事業運営に不可欠です。
定年後もモチベーションを維持して働けるよう、役職定年後の給与水準を維持する企業も増えています。2021年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となったことを踏まえ、定年延長は戦略的な人材マネジメントの一環として重要性が増しています。
出典: 2021.04.01厚生労働省『高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保』, URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/tp120903-1_00001.html
成果指標3. 人事課題の解決
3つ目の重要な成果指標は、組織全体、および各部門が抱える人事面の課題を特定し、解決することです。各企業、各部門は、従業員のモチベーション低下、特定のスキルを持つ人材の不足、組織内のスキルギャップ、離職率の高さなど、それぞれ異なる人事課題を抱えています。
これらの課題の中から優先的に対応すべきものを特定し、解決することが人事管理の重要な成果となります。この成果指標を明確にするためには、経営陣や各部門と連携し、共通認識のもとで最も重要な人事課題を特定し、可能であればKGI(Key Goal Indicator)を設定することが重要です。
そして期末には、経営陣や各部門長とともに課題解決の達成度を評価し、人事管理が経営に与えた具体的な成果を判断します。一見すると当然のことのように思えますが、自社や特定の部門が抱える人事面の深刻な課題を具体的に、かつ共通認識を持って答えられる人事部は多くありません。人事課題は、人事データの分析結果から客観的に明らかになるものだけではありません。客観的なデータに加え、経営陣、現場管理職、従業員との対話を通じて、課題に対する共通認識を醸成する必要があります。共通認識の醸成が難しい背景には、人事部と経営層や現場管理職との対話不足、人事データの利活用不足など、様々な要因が考えられます。
人事課題を発見し、共通認識を醸成するための手段として、前述の「成果指標1. 戦略に必要な人材の確保と配置」や「成果指標2. 従業員エンゲージメントの向上」の視点から現状を分析することが有効です。
例えば、成果指標1の視点からは「戦略に必要なスキルを持つ人材が不足している」、成果指標2の視点からは「従業員エンゲージメントが特定の部門で低い」「離職率が高い部門がある」といった課題が特定される可能性があります。このように、組織全体、および各部門における人事課題について共通認識を整理し、醸成に努めることが戦略人事の実践において重要となります。
Point 2. 人事施策間の連携
戦略人事を成功させるための2つ目のポイントは、人事管理を構成する各要素間の連携を意識することです。これは、戦略的人的資源管理論における「水平的整合性」という概念に相当します。等級制度、評価制度、報酬制度、人材配置、育成プログラム、キャリア支援施策といった人事施策が、個別に機能するのではなく、一貫した目標に向かって有機的に連携している状態が、整合性の高い人事管理です。各人事施策の整合性が高いほど、人事管理上の目標達成が容易になります。
しかし、組織に大きな変革をもたらしたい場合や、新しい人事施策を導入する際には、既存の人事管理の整合性が変化を阻害する可能性もあります。そのため、自社の人事管理全体がどのように関連し合い、どのような整合性を持っているのかを理解し、常に意識することが重要です。
例えば、近年、従業員のキャリア形成を支援する「キャリア支援施策」として、キャリア研修を導入する企業が増加しています。キャリア支援施策は、従業員が自身のキャリアを主体的に考え、エンゲージメントを高め、個人の成長を促すことで、組織全体の生産性向上に貢献することを目的としています。この施策は、キャリア研修の実施だけでなく、社内公募制度や副業制度など、従業員が多様なキャリア選択の機会を得られるような施策と合わせて実施されることが一般的です。
これは、企業からの指示のみで配置転換が行われるような状況では、従業員のキャリア自律心が低下し、離職につながる可能性があるためです。これまで企業主導の人材配置を重視してきた企業では、従業員のキャリア自律心が育ちにくい環境であったと考えられます。このような状況で、キャリア研修だけを導入しても、研修で培われたキャリア自律心を活かす機会が限定され、効果を発揮できないことがあります。
これは、旧来の人事管理の整合性が維持されたまま、新しいキャリア支援施策との整合性が低い状態にあるためです。新しい人事施策の導入を検討する際は、既存の人事施策との整合性を考慮し、必要に応じて既存制度の見直しを行うことが、施策の成功につながります。
Point 3. 人事部門に求められる役割と組織間連携
戦略人事を実行する上で重要なのは、人事部門の役割を社内の様々な組織との関係性の中で捉えることです。戦略人事を成功に導くためには、人事部門が経営陣や各部門の責任者と緊密に連携し、企業が抱える経営戦略上の課題や人材に関する問題点、そしてそれらに対する対策について徹底的に議論し、共通の認識を形成した上で、会社の人事戦略を共同で策定し、実行していく役割を担うことが不可欠です。
この役割を担う担当者をHRBP(Human Resource Business Partner)と呼ぶことがありますが、HRBPという独立した組織が必ずしも必要というわけではありません。重要なのは、戦略的な役割が組織全体の中でどこで、誰によって、どのように実行されるかという点です。戦略人事を実現するために、人事部門には以下の要素が求められます。
第一に、企業の経営理念や経営戦略を深く理解し、各部署が抱える課題に対して、人材の側面から解決策を検討する「経営戦略への深い理解」です。
第二に、「自分たちは経営戦略上の課題を人材の側面から解決する組織である」という強い「主体性」を持つことです。
第三に、経営戦略を実現するためにどのような人材が必要なのかを明確に定義する「求める人物像の明確化」が求められます。
これは、単に「自社に合う」といった抽象的な定義ではなく、経営戦略上の課題に対応できる人材の特徴を、スキルや経験など具体的な要素にまで細分化する必要があります。例えば、「売上を伸ばすために営業が必要だ」とするのではなく、「新しい市場を開拓するために、高い行動力とリスクを取る覚悟を持った営業担当者が〇人必要だ」というように、課題解決に直結する人材像を具体化することが重要です。
第四に、「課題解決に向けた姿勢」を強化し、経営層だけでなく、現場との連携を深めることで、現場が抱える潜在的な課題を人事部門が主体的に把握する努力が求められます。採用活動においては、候補者との対話を重ねたり、人事評価の基準を作る際には現場の意見を積極的に取り入れたりするなど、部門間の連携を強化することが重要です。
これからの人事部門には、経営視点や事業に対する深い理解に加え、迅速な対応を可能にする「柔軟性」と、様々な部署を巻き込みながら戦略を推進する「実行力」が求められます。このように、戦略人事を実行する役割は、人事部の特定の担当者が中心になることもあれば、経営陣、各部門の責任者、人事部門が連携するチームとして機能することもあります。重要なことは、どの組織がどのような役割を担っているのかを明確にし、強化すべき役割を明らかにすることです。人事部だけで全てを実行しようとするのではなく、様々な組織と協力し、戦略人事の役割を総合的に実行していくことが、成功につながると言えるでしょう。
出典: 2023.08 経営戦略と人材戦略を連動させる「人的資本経営」の具体的実践(野村総合研究所), URL: https://www.nri.com/content/900034752.pdf
まとめ
この記事では、変化の激しい事業環境において企業の競争力を高め、持続的な成長を実現するための原動力となる「戦略人事」について、その概要、注目されている背景、そして実践における重要な3つのポイントをご紹介しました。戦略人事とは、「経営資源である”人”の価値を最大限に引き出すために、経営戦略と連動した人事戦略を策定し、実行すること」であり、単なる人事部門の業務改善にとどまらず、企業の経営戦略そのものに深く関わる役割を担います。
しかし、その実践には多くの企業が課題を抱えており、2022年の調査では約7割の企業が戦略人事として機能していないと感じているという結果が出ています。
このような課題を克服し、戦略人事を成功させるためには、第一に「人事管理の成果を明確にする」こと、第二に「人事管理における一貫性を意識する」こと、そして第三に「人事部門に求められる役割を他の組織との関係性の中で捉える」ことが重要です。
具体的には、戦略の実行に必要な従業員の確保と活動の促進、従業員のモチベーションを高める施策(OKR、定年延長など)、そして会社や各部門が抱える人事面での問題解決を成果指標として明確にし、ダイレクトリクルーティングやリカレント教育、タレントマネジメントといった多様な人材マネジメント施策を一貫性を持って展開する必要があります。
また、人事部門は経営戦略を深く理解し、主体性を持って経営層や現場部門との対話を通じて、具体的な人材像の定義や課題解決を推進する役割を果たすことが求められます。もし、何から始めたら良いか分からない場合は、まず自社で「戦略人事ができているか」をこの記事でご紹介したポイント1に沿って考えてみてください。そうすると、「人事部として経営における人事上の問題を感じているが、経営陣や現場部門長と共有できていない」、「経営戦略上、どのような従業員が必要なのか曖昧で、適材適所を考えるための基礎情報がない」、「様々な人事施策を実施しているが成果指標が設定されておらず、成功や失敗、改善点などを明らかにできていない」といった具体的な問題が見えてくるかもしれません。
そもそも自社の問題について共通認識を持てていない場合は、ポイント3の人事の役割を強く意識しながら、経営層と現場部門長との対話や議論を通じて、問題の特定と共通認識の醸成を図ることが有効です。また、人事管理が出すべき成果が明確な場合は、ポイント2に沿って既存の人事管理との一貫性を再考します。既存の人事管理が新しい施策の導入を妨げていないか、あるいは新しい人事施策が既存の人事管理と十分につながっているかなどを検討すると良いでしょう。
この記事でご紹介した内容は、あくまで戦略人事に関する議論を私なりに整理したものです。これが戦略人事のすべてではありませんが、少しでも読者の皆様の考えを整理し、戦略人事の実践に役立つことができれば幸いです。
戦略人事とは何を意味するのですか?
戦略人事とは、「経営資源である”人”の価値を最大限に引き出すために、経営戦略と連携した人事戦略を策定し、実行すること」を意味します。
これは、単に人事管理や人事の業務にとどまらず、経営戦略の実現を直接的にサポートし、企業の業績向上に貢献するための総合的なアプローチです。1997年頃に日本で広まりましたが、具体的な方法論が明確に定まっていないため、実践に苦労する企業が多いのが現状です。デイビッド・ウルリッチ氏が提唱した「戦略パートナー」「変革推進者」「管理のエキスパート」「従業員の代弁者」という4つの役割が、その概念形成に大きな影響を与え、HRBPモデルの普及にもつながりました。
戦略人事の重要性が高まっているのはなぜですか?
戦略人事が重要視されるようになった背景には、世界規模での競争激化や技術革新の加速、働き方の多様化といった、企業を取り巻く環境の大きな変化があります。市場の予測が困難になる中、企業が競争力を維持し、継続的な成長を実現するためには、変化に柔軟に対応できる人材を迅速に確保し、育成、最適に配置することが必要不可欠です。
さらに、2023年3月期から上場企業に対して人的資本の情報開示が義務付けられたことで、人材を単なる「コスト」としてではなく、「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出す「人的資本経営」という視点から、戦略人事への期待と重要性がますます高まっています。
出典: 2023.08.02 2023年3月末決算企業の有価証券報告書「人的資本開示」状況(速報版) 日本生産性本部, URL: https://www.jpc-net.jp/research/detail/006510.html
「戦略人事」と「人事戦略」の違いは何ですか?
人事戦略は、「人事関連の業務をどのように改善していくか」という視点に基づいて策定され、人事部門の業務効率化や最適化に重点を置きます。たとえば、採用プロセスの変更、昇進制度の見直し、業務のアウトソーシングなどがこれに該当します。
一方で、戦略人事は、企業の経営戦略や競争優位性の確立に深く関与し、人的資源を最大限に活用することで、経営戦略の実現を直接的に支援し、業績向上に貢献することを目的とする、より上位の概念です。
戦略人事における主要な成果指標とはどのようなものですか?
戦略人事の成果指標としては、主に以下の3つが挙げられます。1つ目は「経営戦略の実行に必要な人材の確保と活動の促進」(例:ダイレクトリクルーティングの導入、リスキリングの推進、タレントマネジメントの強化)、2つ目は「従業員のモチベーション向上(エンゲージメントの向上など)」(例:OKRの導入、定年延長制度の導入)、そして3つ目は「企業全体または各部門における人事上の重要な課題解決」です。これらの指標を明確に設定し、進捗状況を定期的に評価することが、戦略人事の成功に繋がります。
なぜ多くの日本企業で戦略人事の実践が難しいのでしょうか?
「日本の人事部」が2022年に実施した調査によると、日本企業の人事部門の約7割が、自社の人事部が戦略人事として十分に機能していないと感じています。
その主な理由として、人事部門におけるリソース不足に加え、戦略人事の実践方法に関する具体的なノウハウが確立されていないため、企業間で取り組むべき内容に対する共通認識が不足している点が挙げられます。その結果、人事制度の修正や経営層との交渉といった日常的な業務とは異なり、より戦略的な業務への対応が難しくなっています。
戦略人事の実現に向けて人事部門に求められる役割とは?
戦略人事を成功させるには、人事部門が企業の経営戦略を詳細に把握し、「経営戦略における問題を人材面から解決する」という強い責任感を持つことが不可欠です。
具体的には、経営戦略の達成に必要な人材の具体的な姿を、スキルや経験などの詳細な要素まで落とし込んで明確に定義し、経営陣や現場部門との連携を深め、問題解決への意識を高めることが求められます。さらに、迅速な対応を可能にする機敏さや、多様な部署を巻き込みながら戦略を実行する推進力も重要となります。
人事管理における「整合性」とは具体的に何を意味するのでしょうか?
人事管理における整合性とは、等級制度、評価制度、報酬制度、人材配置、人材育成、キャリア支援策といった各種人事施策が、共通の目標に向かって有機的に連携している状態を指します。
整合性が高いほど、人事管理の効果は向上しますが、新しい人事施策(例:キャリア支援策)を導入する際には、既存の整合性が変化を妨げる要因となる可能性があるため、全体像を考慮した見直しが重要です。この概念は、戦略的人的資源管理論において「水平的適合」と呼ばれています。




